子供の頃から、
空を見上げるように顔を上げたあたりの虚空に
光の塊が浮いていて、きらきらと瞬いて見えました。

 

 

その光は、幼い私のおしゃべりの相手でした。

 

幼い頃から両親はずっと不仲でしたが
7歳の頃には、ついに離婚して、
それまで母と弟と母子家庭状態で暮らしていたのに
たまにしか現われなかった父親が再婚し
そちらに引き取られました。

それを機に、祖父が住んでいた近くへ引越し
学校も転校することになり、
環境が激変したのです。

 

すぐに新しい環境に馴染めるわけもなく、
当時、私はとても孤独だったのだと思います。

 

そんな孤独な子供を慰める存在が、
虚空に浮かぶ光でした。

 

寂しい思いをしていると、
話しかけてくれたし、
大丈夫、と慰めてくれました。

 

その頃の私の定番の居場所は
近所にあった観音立像のそば。

 

観音様の台座に、罰当たりにも座って
夕日が沈むのを眺めながら
光とおしゃべりしていたものでした。

 

 

さて、これは私の脳が作り出した
幻想かもしれません。

 

 

もともと、私の目には、
空からきらきらと光の粒子が
絶えず降り注いでいるように見えています。

 

最近知ったのですけど、
発達障害の人に、そんな風に知覚する人が
たまにいるらしいのです。
脳の知覚異常の一種と知って、
驚きましたが、納得もしました。

 

私は少し発達障害の気がありましたから。

 

音や匂いにも敏感で、
大きい音、強い匂いには耐えられません。

それが原因で機嫌が悪くなるのは、
発達障害児によくあることだと
これまた、大人になってから知りました。

 

分かりやすいところでは、
算数と片付けが壊滅的に出来なくて、
よく怒られていました。
忘れ物もよくしていました。

 

小学生の夏の、
プールの授業の初日に
とても楽しみにしていた私は、
水泳道具だけいそいそと持って、
ランドセルを忘れる・・・
なんてこともしてました。

 

大人になって今でも時々、
けっこうびっくりなうっかりミスをします。

 

そんな発達障害が見せる
マジックだったかもしれないのですけど、

 

でも、その光が話し相手となり私を慰め、
私に道を示してくれた存在だったことは
まちがいないのです。

 

なんども不思議な導きや救いを体験しましたし
大人になって挫折した私の人生を立て直す
レクチャーを施してくれたのも
彼らでしたから。

 

彼らはいつも私の先生であり、
友人であり、家族縁の薄い私の
魂の家族のような存在でした。

 

そんな光の存在を
守護聖霊とか、ハイアーセルフとか
スピリットガイドと言われるものではないかと
大人になって、スピリチュアルについて勉強した
私は考えました。

 

 

光は、自分以外のすべての人にも同じように、
頭上にいて瞬いているのです。

 

たいていの人は、私のように見えないようだけれど
みんなの頭上にもいるのにな、と
思って見ていました。
話しかけたら応えてくれるのに、と。

 

ヒーラーになった私の仕事のひとつに
そういった存在を感じる方法、
対話する方法をレクチャーしたり、
光の存在からのメッセージを伝える、
ということもしています。

 

そして、そういった存在を
絵にすることで、感じていただけないかなと
癒し絵にしています。

 

幻想かもしれないけれど、
それでもよいのです。

 

助けになり、慰めになり、癒しになるのでしたら
それはとてもミラクルなマジックですよね。

 

そして、今、そうした存在を感じることが
私の創作の源泉となっているのですから。